Graphic Science Education
Updated: 2011-04
本記事は2011年に執筆したものです。バックアップとして掲載していますが内容は古く、リンクも切れている可能性があります。
1. 図学を取り巻く時代背景
ここでは、図学教育の現況について述べる。(※ここで記述している内容は、図学学会の学会誌である「図学研究」や筆者の経験を元に記述をしている。主観も多分に含まれている箇所もあると思うがそれもあえて述べながら議論をしていきたい。)
図学は、フランスの数学者であり科学者の ガスパール・モンジュ(1746-1818)が考案した画法幾何学をもとにして確立されたもので、日本では明治期に西洋から取り入れられた。図学が教育に取り入れられた背景には、高度成長期における工業主体の経済が大きく影響していると思われる。初期の製造工程は、手工業を中心とした職人の経験を重視してものづくりを行う時代であった。それが、機械構造物の大量生産を効率的に行う上で、設計・製図の重要性が増すとともに、図面の役割が大きな位置を占めるようになる。現在のように、コンピュータやプロッター(ペンプロッター)がまだない頃、図面は人の手で描く必要があり、3次元形状を2次元の図面に起こしたり、図面を読み取って機械構造物を組み立てるためには、図を読み解く方法である画法幾何学や図形科学と呼ばれる分野の知識を身につけ、図や立体形状を直感的に読み解く能力が必要とされた。

ガスパール・モンジュ
このように図学は、工業製品の製造、販売という国力の向上に繋がる大きなモチベーションを背景に、工業系の高等教育機関(大学)で製図の前段階で学ぶべきものとして取り入れられた。そして、ものづくりや造形教育の観点からも大学のプレ教育である小・中・高校教育における図形教育の基礎として取り入れられていた。資源のない国日本では、この「ものづくり」が最も重要であり、当時の時代の要請からも図学が重要な位置を占めていたことは容易に想像できる。
2. 製図と設計
ここで、私の個人的経験を元に述べたいと思う。
私の父は工業高校を卒業した後、ある会社で図面を描く製図部門、古い言い方では「図工」という職業に就いていた。実際当時の私の家には ドラフター が置かれており、子供時代に触って怒られた覚えがある。20世紀初頭まで、日本では「図工」はあまり地位が高くなかった。日本のヒエラルキー制度の影響かもしれないが、図工がその上の職業にあたる技師になることができなかった。(参考:図学教育シンポジウム第6回「日本の『図工』とアメリカの『ドラフツマン』」、図学学会九州支部)それが時代の変革とともに変化していくことになる。私が高校に入り将来の進路を考えようとしていた1990年頃は バブル の絶頂で、日本車が売れすぎてアメリカ人が日本車を破壊するという ジャパンバッシング が起きるような時代であった。その頃になると図面を描けるということは、一生稼げる職能を身につけたこととして捉えられていた。

ドラフター(wikiより)
そして、私は父が家庭の金銭的事情から大学進学を断念したという思いを受け継ぎ、工業大学への進路を取ることになる。私が工業大学へ進学を決めた理由には、この父の思いが根底にあるわけだが、単なる感情的なものではなく、製図という職業の限界が関係する。
先ほど設計・製図の重要性が増してきたと述べたが、父の職業はこの製図を手作業で行うものであり、設計を行うことはできなかった。機械設計を行うためには、一般的な工学系の教育として5つ程度の力学をマスターする必要がある。これは5力(ゴリキ)とも呼ばれ、私の行った大学では材料力学、熱力学、流体力学、振動力学、機械力学(電磁気や摩擦を入れる場合もある)だったと思う。力学とは高校までの物理のことであり、機械系の学科ではこれら多様な物理と数学を四六時中勉強する。機械系の設計とは、この力学を根拠にして性能の高い製品を設計することを意味する。
工業高校卒の父にはこれらの知識が得られず、設計職に就くことができなかった。設計者は図工を使う側の人間であり、私はそのような父の経験を元に設計者になるために工業大学を目指した。
そして、当時の製図工にはまだ精密な図面を「手書き」するという図面職人的な価値があり重宝されていたが、現在では CAD や プロッター(ペンプロッター)、もしくはもう紙に起こさずディスプレイ表示のまま製造、さらにはCADのデータさえあればいきなり加工機械が製造する(デジタルファブリケーション)ところまで来ており、図面職人は完全に廃業することになる。
3. 図学は不要か?
前述のように、図面を手書きで描くことは当時の状況では当然のことであり、その製図を支える図形の解法に関する教育である図学が、製図だけでなく、国力の向上のためのものづくり教育として、理系文系に限らず、義務教育から大学全般の一般教育の中に取り入れられたと思われる。
しかしながら、先ほどのCADやコンピュータの発達により、現在図形を正確に描くことはコンピュータのソフトウェアを使うことで誰でも簡単に行えるようになり、3DCG技術の発達によって、3次元形状を2次元平面に描写することやその逆もコンピュータで自動的に行うことができるようになった。モンジュが確立した図形を解く方法は、コンピュータサイエンスにおけるCGを開発する研究者や製図に関わる人たち(建築や機械設計、製品デザイン)にとって重要な学問ではあるが、それ以外の人たちには設計から製造の間がコンピュータというブラックボックスの中で行われても何ら問題ない時代に突入しつつある。そろばんが一切できなくても電卓で事足りる時代になったのと同様に、これは不可逆な流れだと予想される。
では、製図教育のプレ教育として必要とされていた図学は、大学教育における一般教育上の科目として必要なくなったのか。これは図学学会でも数十年議論されているところではある。そして、様々な所で図学不要論が上がっている現状に対して、旧来の図学研究者は反論を繰り返してきているが、感情を抜きにしてこの問題に立ち向かっているとは思えないと私は感じる。大きなパラダイムシフトが起きている現在、図学教育者は暗号解読のような図形幾何学は一般教育としての存在価値を失ってしまったという現実を受け入れる必要がある。
私自身は、工業大学で機械設計を学んだ後、映像プロダクション、印刷会社、CD-ROM、DVDからウェブサイト制作に携わった。特に、映像業界ではフィルムやテープの時代からデジタル編集の時代へ、印刷業界ではシステム管理者としてフィルム製版からCTP、オンデマンド印刷というパラダイムシフトを目の当たりにその工程の再構築に関わった。大学に関しては、工学、芸術工学、美術という分野を渡り、分野の違いから生まれる思考の違いを肌で感じた。このような経験からすると、すでに旧来の図学教育の存在意義は工学系を除いて消滅していると感じる。
改めて述べておくが、私は図学が全て必要ないと考えているわけではない。今後も専門分野ではそれを必要とすることも多いと思われる。しかしながら、大学生全般が学ぶ一般教育という意味ではすでに意義を失っていると感じる。図学はすでにその大きな役目を終え、先人が解明した図法幾何学はコンピュータのソフトウェアを通していつでも簡単に利用できるようになった。図学という体裁を解体し、一部の投影法や概論を取り入れる程度に留め、視覚表現としての図の扱い方や3DCGやCAD、デジタルファブリケーションを実践的に扱う方法を学んだほうが、より大きな可能性を持っていると考える。
4. 図学教育者による議論
ここでは、図学教育者による図学教育の議論をウェブサイトや資料を参考に述べる。以下に、その資料を取り上げる。
図学教育シンポジウム(図学学会九州支部, 1989-1996)— 1989年から1996年に図学学会九州支部で定期的に行われていたシンポジウム。図学教育がどのような変遷をたどってきたのかを読み解く貴重な資料で、特に第7回の「総括討論」と第6回の一部を授業で取り上げる。
3D-CAD/CG時代の図法幾何学と図学講義(東京大学先端科学技術研究センター 鈴木宏正, 2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsgs1967/41/1/41_1_10/_pdf
3D-CAD/CG時代における図の利用を中心とした図形科学教育(大阪市立大学大学院工学研究科 鈴木広隆, 2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsgs1967/41/1/41_1_15/_pdf
教養教育としてのCG教育/図学教育(東京大学大学院総合文化研究科 山口泰, 2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsgs1967/41/1/41_1_25/_pdf
第26回図学教育研究会報告 講演・討論会「専門科目としてのCG教育」報告(福岡大学工学部 梶山喜一郎, 東京大学教養学部 鈴木賢次郎, 2001年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsgs1967/35/1/35_1_21/_pdf
図学教育の見直しと授業評価(福岡大学工学部 梶山喜一郎, 図学研究記念号, 68-70, 1997)
何がカリキュラムの問題か(福岡大学工学部 梶山喜一郎, 2002)
5. コンピュータ図学の可能性(当時の構想)
執筆当時、調査中だった構想として、コンピュータを補助的に図学教育に用いる方法を検討していた。具体的には、3DCGソフトウェア(当時想定していたのはフリーの Blender)で面と線の交差や投影を可視化したり、動画教材を通して立体形状を多角的に観察したり、楕円の作図法(コンパス・定規、ひもを用いた焦点法など)の比較を扱う、といったアイデアである。
特に重視していたのは、図形の作図手順を機械的に教えることではなく、3次元空間の捉え方そのものの理解を助ける 点であった。CADや3DCGによって図形の正確な描画は誰でも行えるようになった以上、図学の意義は「図を描く技能」より「立体を空間として捉える感覚」の側に移っていく、という見立てである。
その方向性は、以後の3DCG・CAD教材の整備や、本サイトに別途掲載しているベジェ曲線特訓・3Dスキャン関連の教材へとつながっている。
